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David Bowie "Heroes" (1977) ベルリンの壁が生んだサウンドの詳細

  • 23 時間前
  • 読了時間: 8分


概要


Heroesは1977年10月14日にRCAレコードから発売された、David Bowie通算12作目のスタジオアルバムである。

レコーディングは1977年7月から8月、西ベルリンのHansaスタジオで行われ、

プロデュースはDavid BowieとTony Visconti。Brian Enoとの共同制作作品であり、いわゆる「ベルリン三部作」の第2作にあたる。同年1月発表の『Low』に続く作品だが、三部作の中で唯一、全編がベルリンで録音された点が特徴的だ。


セッションはBowieがIggy Popの2作目『Lust for Life』の制作を終えた直後、1977年半ばに始まった。

制作の大半は即興で進められ、バッキングトラックが完成してからBowieがマイクの前に立ち、

その場で歌詞を書くというスタイルが取られている。


スタジオ ― Hansa by the Wall


録音の舞台となったのは、西ベルリンのHansa Studio 2、通称「壁のそばのHansa(Hansa by the Wall)」。

この建物はもともとコンサートホールで、第二次世界大戦中はゲシュタポの舞踏会場として使用されていたという歴史を持つ。

ベルリンの壁からわずか500ヤード(約450メートル)という至近距離に位置しており、

Tony Visconti自身「スタジオは壁から約500ヤードの場所にあり、

東側の警備兵が強力な双眼鏡で管制室の窓を覗き込んでいた」と回想している。


このホール、通称「マイスターザール(Meistersaal)」は約150人の演奏者を収容できる規模を持ち、

かつて聖歌隊が立っていたと思われるステージが一方の端に存在した。

Visconti はこのステージをDennis Davisのドラムキット設置場所として使用し、

この巨大な空間の残響そのものを録音の重要な要素として取り込んでいる。


参加メンバー


コアバンドは『Low』からの続投メンバーで構成されている。


- David Bowie ― ヴォーカル、キーボード、ギター、サックス、琴、バッキングヴォーカル

- Carlos Alomar ― リズムギター

- Dennis Davis ― ドラム、パーカッション

- George Murray ― ベースギター

- Brian Eno ― シンセサイザー、キーボード、ギター・トリートメント

- Robert Fripp(King Crimson)― リードギター

- Tony Visconti / Antonia Maass ― バッキングヴォーカル


Alomar、Murray、Davisの3人は1975年から1980年までの5年間、

Bowieのリズムセクション「D.A.M.トリオ」を組んでいた盟友たちである。


Robert Frippの参加経緯は象徴的だ。1977年7月、ニューヨークに滞在していたFrippのもとにBrian Enoから電話が入り、

BowieとEnoがベルリンで録音中であることを告げられる。

Frippはドイツに到着して荷物を置くやいなやスタジオ入りし、

「Beauty and the Beast」の冒頭で聴ける鋭いギター音を、セッションで弾いた最初の一音として記録している。

Frippが確保できたのはたった1回の週末のみだったと言われている。


機材詳細


Robert Frippのギター・セットアップ ― アンプなしでベルリン入り


『"Heroes"』のサウンドを象徴するあの「泣くような」持続音のギターは、

長年E-Bow(弦を電磁誘導で振動させ持続音を得るデバイス)を使ったものだと誤解されてきた。

しかしFripp自身が日記の中で明言している通り、使用機材は極めてシンプルだった。


「Les Paul、Marshallキャビネット、そしてある演奏法」


Frippはギターだけを持ってベルリン入りし、アンプは持参しなかった。

Visconti の回想によれば、Frippが週末の1回しかスタジオに来られなかったため、

スタジオのモニタースピーカーからのフィードバックに頼らざるを得ず、

耳をつんざくような大音量でトラックを再生しながら録音が行われたという。


実際の手法:

- Les Paul(ネックピックアップ、トーンを絞り込んだセッティングと言われる)

- ファズボックス(Big Muff系と推測される)を経由

- Marshall(Hiwattという証言もある)キャビネットの前で、あらかじめ位置を確認しながら移動

- 特定の音程がフィードバックし始める距離をあらかじめ床にテープで印をつけ、その位置を踏んで狙った音程のサステインを得る


つまりE-Bowではなく、「フィードバックが起きる距離」を体で覚え、それを演奏技術として使うという、

極めてフィジカルなアプローチだった。さらに、この印象的なコーラス/うねりのような効果は、

同じギターパートを3回別々にテイクとして録音し、それらを重ねて再生することで生まれている。

Visconti とEnoは、まず1本ずつ録ったテイクを聴かせずにFrippへ次のテイクを弾かせ、

3本すべてを重ねて聴いた瞬間に「あまりの美しさに全員が顔を見合わせた」というエピソードが残っている。


Brian Enoの「魔法のスーツケース」


Enoが持ち込んだのは、EMS Synthi AKS ―― 通称「ブリーフケース・シンセ」と呼ばれる、

ケースそのものに鍵盤とパッチパネルが組み込まれた小型シンセサイザーである。

Frippが後年語ったところによれば、Enoは「プラグインしてみたら?」と持ちかけ、

FrippはこのEnoの“魔法のスーツケース”に自身のギターを接続。1・2・3拍目で再生ボタンが押され、

3拍目に飛び込むように弾いた「空を切り裂くようなギター」が、

そのまま「Beauty and the Beast」の一発目の音として使われている。

Enoはこの機材を通じてシンセサイザー、キーボード、

そして「ギター・トリートメント」(ギター信号のリアルタイム加工)を担当した。


Tony Visconti考案 ― ヴォーカル用「3本マイク」テクニック


『"Heroes"』というアルバム、特にタイトル曲の制作において最も革新的だったのがヴォーカル録音の手法である。

アナログ24トラックのテープのうち、バッキングトラックだけで23トラックが埋まってしまい、

ヴォーカル用に残されたのはたった1トラックだった。

この制約に対し、Viscontiは部屋の残響そのものを“複数トラック分の広がり”として使う独自の手法を考案する。


使用されたのは3本のNeumann製マイクロフォンで、それぞれBowieからの距離が異なる位置に設置された。


| マイク | 型番 | Bowieからの距離 |

| 1本目(近接) | Neumann U47(真空管式) | 約23cm(9インチ) |

| 2本目(中間) | Neumann U87 | 約6m(20フィート) |

| 3本目(遠方) | Neumann U87 | 約15m(50フィート) |


この3本のマイクはコンソール上のリターンに立ち上げられ、

近接マイクにはコンプレッサー、残り2本の広がりを捉えるマイクには可変式ノイズゲートが挿入された。

Bowieが声を張り上げるほど、遠いマイクのゲートが開き、

部屋全体の残響がより多く混ざり込むという「マルチラッチ(multi-latch)」システムである。

これにより、たった1トラックでありながら、歌の強弱に応じて空間の広がりが有機的に変化する、

あの独特のエコー感が生まれた。


なおVisconti本人は

「もし今この作品を5.1chでミックスするなら、あの遠くのアンビエントマイクは間違いなくリアスピーカーに割り当てるだろう」とも語っており、当時のステレオ収録では表現しきれなかった空間性への意識をうかがわせる。


このテクニックは2016年、Eventide社との2年間の共同開発を経て「Tverb」というリバーブ・プラグインとして製品化されている。Meistersaalの音響空間そのものをモデリングし、2本の“動くマイク”を仮想空間内で自由に配置できるという、

当時のアナログ手法をデジタルで拡張したものだ。


Eventide Harmonizerについて ―「時間の構造を破壊する」機材、Heroesでは不使用


前作『Low』のドラムサウンドを特徴づけたEventide Harmonizer(H910)は、

Bowie・Eno陣営が「タイムの構造そのものを壊す」と評した実験的なピッチシフト/ディレイ機材である。

しかし『"Heroes"』のレコーディングにおいては、この機材はミックス時に一部使用されたのみで、

タイトル曲そのものには使われていない。Viscontiいわく「あの巨大な部屋の音をドラムキットに乗せるだけで十分だった」とのことで、代わりにマイスターザールの自然な残響がその役割を果たしている。

ドラムキットは前述のステージ(旧・聖歌隊用の壇上)に設置され、

部屋の物理的な音響特性がそのまま「エフェクト」として機能した点は、このアルバム全体を貫く哲学と言えるだろう。



収録曲詳細


Side 1


1. Beauty and the Beast ― 冒頭はピアノ、ギター、エレクトロニクス、ヴォーカルが不揃いに絡み合いながらクレッシェンドしていく構成。前述の通り、Fripp が“魔法のスーツケース”経由で弾いた最初の音がここに収められている。1978年1月にシングル発売、UKチャート39位。


2. Joe the Lion ― Robert Fripp のリードギターをフィーチャー。歌詞はアメリカのパフォーマンスアーティスト、Chris Burdenの自傷的な作品(代表作「Shoot」=助手に至近距離から腕を撃たせた作品)に着想を得ている。


3. "Heroes" ― BowieとEnoの共作、BowieとViscontiの共同プロデュース。ベルリンの壁で出会う恋人たちを描いた代表曲。アルバムテイクは6分07秒、シングル版は3分32秒に短縮されている。前述のFrippのギター、Enoのシンセ、Viscontiの3本マイク・テクニックが凝縮された、アルバムの核となる楽曲。


4. Sons of the Silent Age ― Enoによれば、セッション前に唯一作曲されていた曲で、他は全て即興で作られた。Bowie自身、アルバムタイトルを一時この曲名にしようと考えていたと語っている。


5. Blackout ― 評論家Nicholas Peggは「"Heroes"アルバムの暗く高揚感のある音響的な統合失調症を象徴する曲」と評している。


Side 2(インストゥルメンタル色の強い構成)


6. V-2 Schneider ― ほぼインストゥルメンタルの楽曲で、"Heroes"シングルのB面として発売された。タイトルはKraftwerkのFlorian Schneiderへのオマージュ。


7. Sense of Doubt


8. Moss Garden ― Bowie自身が琴(こと)を演奏したことで知られるアンビエント色の強い曲。


9. Neuköln ― ベルリンのトルコ系移民街ノイケルンに着想を得たインストゥルメンタル。


10. The Secret Life of Arabia ― Carlos Alomarが共作クレジットを持つ楽曲で、こちらもスタジオでの即興から生まれている。


なお、アルバムタイトル自体がNeu!のアルバム『NEU! '75』収録曲「Hero」への目配せであり、ギタリストのMichael Rotherは当初、参加を打診されていたという裏話も残っている。




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