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TT王者たちはなぜ「最強のチーム」で終わりを迎えるのか ユンボ・ヴィスマが抱える燃え尽きの構造

  • 1 日前
  • 読了時間: 7分

トニー・マルティン、トム・デュムラン、ローハン・デニス。そしてジロ・デ・イタリア覇者サイモン・イェーツ。

時代もキャラクターも異なるこの4人には、ひとつの共通点がある。

全員が、当時の絶対王者チーム——ユンボ・ヴィスマ、現ヴィスマ・リースアバイクのジャージを着たままキャリアを終えたことだ。

しかも、そのうち3人(デュムラン、デニス、イェーツ)は、

「怪我でも不調でもなく、モチベーションを失ったから」という理由で去っている。

最も整った環境、最も潤沢なリソース、最も科学的なトレーニング体制を持つチームが、

なぜ次々と選手を「燃え尽き」させるのか。海外メディアの証言をたどりながら、この構造を深掘りしていきたい。


4人の退場、4つの理由



トニー・マルティン(2021年引退)——安全への恐怖


4度の世界選手権個人TTチャンピオン、通称"パンツァーワーゲン(戦車)"ことトニー・マルティンは、

ユンボ・ヴィスマでの最後の3年間をチームのドメスティック(アシスト)役として過ごした。

2021年のツール・ド・フランスでは開幕早々に観客の掲げた看板に接触して落車、大規模な集団落車を引き起こし、

さらに第11ステージでは崖下に転落する事故に見舞われている。

世界選手権個人タイムトライアルを最後のレースに選んだマルティンは、引退会見でこう語っている。

「2度も血まみれで痛みだらけのまま救急車に乗せられた。36歳で2人の娘の父親として、

これは本当にやる価値があるのかと自問するようになった」。

さらに「サイクリングやトレーニング、タイムトライアルへの情熱はまだある。

でもレースでリスクを取ることへの情熱はもうなかった」とも述べている。

彼のケースは、モチベーションというよりも身体的リスクへの恐怖が主因だった。


トム・デュムラン(2022年引退)——「自転車が嫌いになった」


2017年ジロ・デ・イタリア総合優勝者のトム・デュムランは、最も赤裸々に燃え尽きを語った選手だ。

2020年のツール・ド・フランスについて、彼は「本当にひどかった。自転車も、そこにいることも、心底嫌いになった」

と振り返っている。

2021年1月には無期限の休養を発表し、「サイクリストとしての自分のあり方を見失ってしまった」と説明した。

半年後に復帰し東京五輪で銀メダルを獲得したものの、2022年に電撃引退。

イタリアメディアには「常に他人の要求に応え続けている感覚だった。

スポンサー、ファン、チーム、コーチ……誰もが僕にこうすべきという明確な考えを持っていた。

でも誰も『トム、調子はどう?』とは聞いてくれなかった」と語っている。

引退後の心境については「解放された」という一言に尽きるという。

オランダ紙NRCの長編インタビューでは「自分のキャリアの舵を自分で握れていなかった」とも述べており、

2025年末のスペイン紙エル・ティエンポの取材でも同様の趣旨を繰り返した。


ローハン・デニス(2023年引退)——完璧な環境なのに火がつかない


3大グランツールすべてで個人TT区間優勝という金字塔を打ち立てたオーストラリアのローハン・デニスは、

「完璧」を求めてチームを渡り歩いた末にユンボ・ヴィスマへたどり着いた。

移籍時には「プリモシュ・ログリッチ、ワウト・ファンアールト、トム・デュムランと一緒に走れるなんて断れるはずがない」と語り、チーム監督メリン・ゼーマンからは"ドリーム・アセット"と評されている。

しかし、その理想の環境こそが皮肉な結果を生んだ。デニス本人の言葉を借りれば、

「結果が出なければそれは完全に自分の責任」と思えるほど整備されたチームにたどり着きながら、

「今度は胸の中に燃やすものが見つからない」というジレンマに直面したという。

2023年初頭、シーズン半ばを残しながら年内引退を発表し、

「ただ集団の中でレースを終えて給料を受け取るだけになるなら、やめた方がいい」と述べた。

海外メディアの取材には「ある時点で、自分が成し遂げたことに満足し、幸せを感じるようになる」ともコメントしている。



サイモン・イェーツ(2026年引退)——「絶頂で去る」という選択


最も新しく、最も衝撃的だったのがサイモン・イェーツのケースだ。2025年にジロ・デ・イタリア総合優勝、

さらにツール・ド・フランスでも区間勝利を挙げ、33歳にしてキャリア最高の一年を過ごした直後の2026年1月、

彼は契約を1年残したまま突然の引退を発表した。

声明では「これは軽い決断ではない。長い間考え続けてきたことで、今こそチームを離れるべき時だと感じた」

「深い誇りと、ある種の心の平穏とともにプロサイクリングから去る」と語っている。

ヴィスマ・リースアバイクのコーチ、イェスパー・モルコフは、

デンマークメディアに対し「彼は意欲を失ったのだと理解している」とコメント。

ヘッド・オブ・レーシングのグリシャ・ニールマンも「彼が今やめてしまうのは残念だが、絶対的な高みで終えることになる」と述べており、燃え尽きというよりも「やり切った満足感による自発的な幕引き」に近いニュアンスがある。

トム・デュムラン自身も後に「彼の決断は完全に理解できる。自分も同じ状況にいたから」とイェーツへの共感を語っている。


なぜ「最強のチーム」が燃え尽きを生むのか


この4人を並べると浮かび上がるのは、

「TTスペシャリスト、あるいはグランツールの頂点を極めた選手が、当時最も進んだデータドリブンなチームに合流し、その環境の中でキャリアを締めくくる」という共通の軌跡だ。

ユンボ・ヴィスマ/ヴィスマ・リースアバイクは風洞実験施設を自前で持ち、栄養管理アプリ「Foodcoach」、

リアルタイムでレース中の選手にデータを送る「コントロールルーム」、

さらには2026年からAIを活用した戦略立案まで導入している、業界随一の科学志向チームとして知られている。

この「マージナルゲイン(小さな改善の積み重ね)」文化が、実際に2026年に入ってから海外メディアで公然と議論されるようになった。デュムラン、イェーツ、さらにシクロクロス女子のフェム・ファンエンペルまで、

同チーム所属選手の燃え尽き離脱が相次いだことを受け、

チーム代表リチャード・プルフェは「個々の状況を単純に比較すべきではない」としつつも、

「サイクリング界における燃え尽き現象については、我々も真剣に考えている」と認めている。

プルフェはその対策として、「高地合宿に家族の同伴を認めた最初のチームだったと思う」と説明し、

単なるトレーニング計画を超えた配慮を続けてきたと主張した。

一方でエースのワウト・ファンアールトは、ポッドキャストでこの話題を問われ、

「それは辛いことだ、自分のチームのことだから」としながらも、単純な図式化には違和感を示している。

デュムラン自身も別のインタビューで「ヴィスマは世界で最もプロフェッショナルで先進的なチームだ。ポガチャルのUAEよりもさらに。すべてをデータと詳細な分析に基づいて進めている」と、その徹底ぶりを証言している。

つまり構図はこうだ。「最も整った環境=最も緩みのない環境」であり、選手は結果が出ない言い訳を失う。

管理された練習、常時モニタリングされる回復状態、個人に最適化された栄養——これらは確かにパフォーマンスを引き出す一方で、「自分で試行錯誤する余白」や「自分の裁量で決められる感覚」を奪う側面もある。

デュムランが繰り返し口にした「自分のキャリアを自分でコントロールできていなかった」という言葉、

デニスの「胸の中に燃やすものが見つからない」という言葉は、まさにその余白の喪失を指している。


TT王者という職種特有の事情


もうひとつ見逃せないのは、彼らの多くがタイムトライアルという極めて孤独な種目のスペシャリストだったという点だ。

TTは集団戦術やチームプレーの駆け引きが介在しにくく、

自分自身のパワーデータ、空力、ペーシング戦略と向き合い続ける競技である。

マージナルゲインの文化と最も相性が良い一方で、「数字だけが評価基準になる」息苦しさとも表裏一体だ。

マルティンが安全面への恐怖を理由に去ったのも、

彼が集団内でのポジション争いよりも独走を主戦場としてきた選手だったことと無関係ではないだろう。


強さの代償


トニー・マルティンは身体的リスクを理由に、トム・デュムランは心を病むほどの重圧を理由に、

ローハン・デニスは完璧すぎる環境ゆえのモチベーション喪失を理由に、

そしてサイモン・イェーツは絶頂でのタイミングを見極めた自発的な決断として、

それぞれユンボ・ヴィスマ/ヴィスマ・リースアバイクでのキャリアに幕を下ろした。

理由はそれぞれ異なるが、

共通しているのは「業界最高峰の環境に身を置いたからこそ、自分の限界と正面から向き合わざるを得なかった」という点だ。

強さを支える科学とシステムは、同時に選手から「逃げ場」を奪う。

この矛盾こそが、なぜ最も成功しているチームから、

最も雄弁な燃え尽きの証言が生まれ続けるのかという問いへの、ひとつの答えなのかもしれない。

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