カーボンプレート入り厚底ランニングシューズはなぜ速い?歴史・怪我のリスク・予防法を海外論文からやさしく解説
「厚底シューズに履き替えたら、自己ベストが出た」。そんな声をよく聞くようになりました。一方で、
「履き始めてから足の甲が痛い」という話も耳にします。
カーボンプレート入りの厚底ランニングシューズは、
研究者の間で「AFT(Advanced Footwear Technology)」と呼ばれています。
この記事では海外の論文をもとに、次の4つをできるだけやさしく解説します。
そもそもAFTとは何か、どう生まれたのか
なぜ速く走れるのか
どんな怪我に注意が必要か
怪我を防ぐ筋トレとストレッチ

カーボンプレート入り厚底ランニングシューズ(AFT)とは
AFTは、次の3つを組み合わせたランニングシューズです。いわゆる「スーパーシューズ」とも呼ばれます。
厚底:マラソン用ならソールの厚さは最大40mm。
軽くてよく弾むフォーム:踏むと大きく沈み、バネのように戻る素材。
硬いプレート:多くはカーボン製で、靴が曲がりすぎないようにします。

この靴があまりに速いため、世界陸上(World Athletics)は競技で使える靴にルールを設けました。ロードレースはソール厚40mmまで、トラック種目は20mmまでです。プレートは1枚だけ許され、誰でも買える市販品であることも条件です。
厚底カーボンシューズの歴史
始まりは2016年です。そこから約10年で、マラソンの「2時間の壁」が破られました。
2016年:リオ五輪での登場
リオ五輪の男子マラソンで、上位3人が全員Nikeの試作シューズを履いていました。
これがのちの「Vaporfly(ヴェイパーフライ)」です。
2017年:「4%」の衝撃
Nike Vaporfly 4%が一般発売されました。名前の「4%」は、
走るときのエネルギーが約4%節約できるという研究結果から来ています。
2019年10月:人類が2時間を切る
ウィーンでエリウド・キプチョゲが42.195kmを1時間59分40秒で走りました。
ペースメーカーが入れ替わる特別なイベントだったため、公認記録にはなっていません。
翌日にはシカゴでブリジッド・コスゲイが女子の世界記録を出しました。
キプチョゲがゴールした最後の1kmの映像です。
2020年1月:箱根駅伝も世界も変わった
箱根駅伝では、8割を超える選手がナイキの厚底を履きました。
10区間中7区間で区間新記録が生まれています。同じ月、世界陸上は靴のルールを作りました。
2020年代:各社の開発競争
Nikeに続いて、adidasやASICSなども独自のスーパーシューズで競うようになりました。
2023年にはケルビン・キプトムがシカゴで2時間0分35秒の世界記録を出しています。
2026年4月:公認レースで初の2時間切り
ロンドンマラソンで、サバスチャン・サウェが1時間59分30秒で優勝しました。2位のヨミフ・ケジェルチャも1時間59分41秒でした。サウェの足元は、adidasの厚底カーボンシューズAdios Pro Evo 3でした。
なぜ速い?3つの仕組み
14の実験をまとめた2025年の分析では、カーボンプレート入りシューズで走ると、
同じペースでもエネルギー消費が平均約3%減りました。
たった3%と思うかもしれません。しかしマラソンでは、これが数分の差になります。
1. フォームがバネのように力を返す
最初の研究では、試作シューズのソールは従来の約2倍沈みました。
そして踏んだ力の約87%を返していました。1歩あたりに戻るエネルギーは、従来の靴の約2倍です。
研究者は、速さの多くはこのフォームから来ていると考えています。
2. プレートが足指の付け根でのロスを減らす
足指の付け根は、蹴り出すときに大きく曲がり、そこで力が逃げています。
硬いプレートは、この曲がりを抑えます。ただしプレートだけの効果は約1%と小さく、
フォームと組み合わさって初めて力を発揮します。
3. つま先の反りが「てこ」になる
つま先が反り上がった形とプレートが、てこのように働きます。
これで、足首やふくらはぎがしなければならない仕事が減ります。
効果には個人差があります。最初の研究でも、節約率は人によって1.6%から6.3%まで幅がありました。
怪我のリスクと起きる理由
一番注意したいのは、足の甲の真ん中あたりにある「舟状骨(しゅうじょうこつ)」の疲労骨折です。
2023年、アメリカとヨーロッパの医師らが、カーボンプレート靴を使った選手5人の舟状骨の怪我を報告しました。
17歳のジュニア選手から38歳のトライアスリートまでいます。中には、履き始めて2〜3回目の約35km走で痛めた人もいました。
ただし、「厚底を履くと怪我が増える」とはまだ証明されていません。
ここから説明するのは、研究者が考えている「怪我が起きやすくなる理由」です。
1. 力のかかる場所が変わる
プレートで足指が曲がらない分、足の甲の真ん中へ力が移る可能性があります。舟状骨の中央はもともと血流が少なく、一度痛めると治りにくい場所です。
2. かかとが内側に倒れ込む
エリートランナー23人の実験では、厚底シューズでかかとが内側に倒れやすくなりました。これはプレートなしの厚底でも起きたので、原因は柔らかく厚いソールにあるようです。
3. 横にぐらつきやすい
ソールが高いと地面の感覚が伝わりにくく、横の安定も下がります。デコボコ道では、捻挫に注意が必要です。
4. 速く走れてしまう
楽にスピードが出るため、練習ペースが自然と上がります。いきなり長い距離を履くと、骨や腱が慣れる前に負担がたまります。体が慣れるまでには6〜8週間かかるという指摘もあります。
一方、一般ランナー30人の実験では、着地の衝撃は通常の靴と変わりませんでした。問題は靴そのものより「慣らし方」と「使う量」にある、と考えるのが自然です。
足の甲の真ん中や足首の前側に、はっきりしない痛みが続くときは要注意です。走るのをやめて、整形外科やスポーツクリニックで診てもらいましょう。
怪我を防ぐ筋トレ
怪我予防に最も効果が確かめられているのは、筋トレです。約2万6,000人分の研究をまとめた分析では、筋トレでスポーツの怪我が3分の1以下に減っています。
ランナーを対象にした研究もあります。
足の筋トレ(2020年、ブラジル):ランナー118人が足と足首の筋トレを週3回続けました。
1年間で怪我をした人は14%で、ストレッチだけのグループ(33%)の半分以下でした。
お尻と体幹の筋トレ(2024年、フィンランド):初心者ランナー325人の実験で、怪我が約3割減りました。
厚底カーボンシューズを履く人におすすめの筋トレは、次の4つです。各メニューは、研究の考え方をもとにした一例です。
鍛える場所 | 種目の例 | 回数の目安 | ねらい |
足の裏 | ショートフット、足指じゃんけん、タオルギャザー | 各10回×3セット | 土踏まずと舟状骨まわりを内側から支える |
ふくらはぎ | 片脚カーフレイズ(膝を伸ばす/曲げる) | 各15回×3セット | 蹴り出す力とアキレス腱を強くする |
お尻の横 | サイドブリッジ、横向きでの脚上げ | 各30秒/15回×3セット | 厚底の横ぶれを上から抑える |
バランス | 片脚立ち、片脚スクワット | 各30秒/10回×3セット | 捻挫と怪我全般を防ぐ |
続け方のコツ
週2〜3回、1回20〜30分が目安です。効果が出るまでには4ヶ月以上かかります。
きつさを0〜10で採点します。5以下なら少し難しくし、8以上なら簡単にします。
できれば一度、理学療法士やトレーナーにフォームを見てもらいましょう。
指導者がついたプログラムほど、怪我が減ることがわかっています。
ストレッチの本当の役割
意外かもしれませんが、静かに伸ばすストレッチだけでは、ランナーの怪我は減らないという研究が多いです。
先ほどの約2万6,000人分の分析でも、ストレッチに怪我を減らす効果はほぼありませんでした。
ただし「研究で使われたストレッチの量が少なすぎる」という反論もあります。
それでも、ストレッチに意味がないわけではありません。体を動かしやすくしたり、リラックスしたりするために使いましょう。
走る前:じっと伸ばすより、脚を前後に振る、スキップ、短い流しなど「動きながらの準備運動」がおすすめです。
走った後・寝る前:ふくらはぎ、太もも、お尻を、各30秒ずつゆっくり伸ばします。
足首と足指:厚底では足指や足首を大きく使わなくなります。裸足で足指を開いたり、足首を回したりして、動きを保ちましょう。
上手な付き合い方
少しずつ慣らす:最初は短い練習から履き、6〜8週間かけて距離を伸ばします。
普段の練習は別の靴でも:レースやポイント練習に絞り、ジョグは普通のトレーニングシューズで走ります。
ペースと距離を同時に上げない:楽に速く走れる分、負担がこっそり増えます。
へたった靴は引退させる:レース後のソールは硬く薄くなることが報告されています。
筋トレをセットに:靴の力を借りるほど、それを支える足とお尻の筋力が大切です。
まとめ
カーボンプレート入りの厚底シューズは、弾むフォームと硬いプレートの力で、
エネルギーを平均約3%節約します。その速さは、2026年に公認レースで初めてのマラソン2時間切りを生むほどです。
その一方で、足の甲の舟状骨などに負担がかかる可能性があります。急に履き替えず、足とお尻の筋トレを続けること。
それが、この靴の力を安全に引き出す一番の近道です。
■ あわせて読みたい
参考文献
Hoogkamer W, et al. Sports Medicine, 2018.(論文)
Kobayashi EN, et al. Frontiers in Sports and Active Living, 2025.(論文)
Tenforde A, et al. Sports Medicine, 2023.(論文PDF)
Bruneau MM, et al. PM&R, 2026.(解説記事)
Waśkiewicz Z, et al. Frontiers in Bioengineering and Biotechnology, 2025.(論文)
Lauersen JB, et al. British Journal of Sports Medicine, 2014.(PubMed)
Taddei UT, et al. American Journal of Sports Medicine, 2020.(解説)
Leppänen M, et al. British Journal of Sports Medicine, 2024.(解説)
Baxter C, et al. Research in Sports Medicine.(論文)


コメント