SiS Beta Fuelで組み立てる補給ガイド|フルームの80km独走から学ぶ「1:0.8」の使い方
はじめに:なぜBeta Fuelなのか?
前回の記事「乳酸ジェルから1x化まで:2026年エンデュランス界トレンド総まとめ」では、
プロのレース中の炭水化物が「1時間120g」が当たり前になったことを紹介しました。
では実際に、何をどう食べればその量に届くのでしょうか。
その答えの一つが、英国のスポーツ栄養ブランドScience in Sport(SiS)の「Beta Fuel」です。
Team Skyと共同で生まれ、今はINEOS Grenadiersが使っている高炭水化物の補給食で、
ジェル1本で炭水化物40g、ドリンク1本で80gを摂れます。
この記事では、SiSの公式サイトと補給ガイド、製品仕様書をもとに、Beta Fuelの歴史と仕組み、
練習やレースでの使い方までをまとめます。効果に関する数字は、特に断りがない限りSiSの発表によるものです。
誕生の物語:2018年ジロ、フルームの80km独走
2018年5月25日、ジロ・デ・イタリア第19ステージ。
クリス・フルームは総合首位のサイモン・イェーツに3分22秒遅れ、優勝は絶望的と見られていました。
勝負に出たのは、未舗装路を含む全長18.5kmの峠、コッレ・デッレ・フィネストレです。
フルームはここでアタックし、ゴールまで残り約80kmをたった一人で走り切りました。
ステージ優勝と同時にマリア・ローサを奪い、そのまま総合優勝を決めます。
フルーム自身、この一日をキャリア最大の功績と語っています。

独走を支えた「18%のドリンク」
Team Skyはこの独走の計画に、補給の役割を組み込んでいました。
約80kmを一人で走り切るには、大量の炭水化物が必要です。
チームはコースの各所にスタッフを配置し、フルームに補給を渡し続けました。
チーム代表のデイブ・ブレイルスフォードも、補給戦略が勝利に大きな役割を果たしたと語っています。
その中心にあったのが、SiSとTeam Skyが共同開発した新しいドリンクです。
当時のチーム栄養責任者ジェームズ・モートンらが開発し、2018年2月ごろから前哨戦や合宿で試されていました。
500mlのボトル1本で、米菓子4枚分にあたる約80gの炭水化物を摂れる
濃度は18%で、一般的なスポーツドリンク(4〜8%)の2〜4倍
それでも胃腸に負担をかけないよう、体液に近い濃度(等張性)でpHも中性にした
ジロの最終盤である第17〜20ステージは、1日4,000〜6,000kcalを炭水化物中心で賄う計画だったとSiSは紹介しています。
フィネストレの寒さのなかで、体が燃やす炭水化物はさらに増えます。
その分を補い続けたことが、80kmの独走を可能にした、という物語です。
その後の進化
時期 | 出来事 |
|---|---|
2018年6月 | ジロ優勝の直後に初公開。粉末1袋に炭水化物81g、2種の糖を2:1で配合。当時はチーム専用だった |
2020年 | INEOS Grenadiersが新処方の開発に参加。同年のジロでタオ・ゲオゲーガン・ハートが総合優勝 |
2021年7月 | 配合比を1:0.8に変えた新ラインを発売。ドリンク、ジェル、ヌートロピックジェル、チューの4形態に |
グランツールの勝負を分けるために生まれたドリンクが、形を変えて私たちにも手に入るようになったわけです。
「1:0.8」とは何か
Beta Fuelのパッケージに大きく書かれた「1:0.8」。
これは、マルトデキストリンとフルクトース(果糖)という2種類の糖の配合比です。
2種類の糖を混ぜる理由
マルトデキストリンは、分解されるとブドウ糖(グルコース)になる炭水化物です。
グルコースとフルクトースは、腸の別々の「入口」から吸収されます。
グルコースだけでは1時間に吸収できる量に上限があり、
それ以上摂っても胃腸にたまって不快感の原因になります。
そこでフルクトースを組み合わせ、もう一つの入口も使うことで、吸収できる総量を増やすのです。
以前はグルコース2に対してフルクトース1という「2:1」が主流で、
初代Beta Fuelもこの比率でした。2021年の新ラインからは、フルクトースを増やして「1:0.8」に変わっています。
SiSが挙げる効果
SiSは1:0.8の効果を次のように説明しています。
エネルギー効率が最大17%向上:摂った炭水化物のうち、実際にエネルギーとして燃える割合が62%から74%に上がる
全力スプリント時の最大パワーが向上
膨満感や胃腸の不快感が軽減
根拠として挙げられているのは、
2013年に発表された「果糖とマルトデキストリンの比率が炭水化物の燃え方を左右する」という研究です。
その後の研究でわかったこと
2022年には、欧州の応用生理学誌にこんな研究が載りました。
高度に鍛えた男性サイクリスト11人が3時間走り、2つの補給方法を比べたものです。
補給方法 | 摂った炭水化物を燃やす速度(120〜180分) |
|---|---|
1:0.8、1時間120g | 毎分1.51g |
2:1、1時間90g(従来の推奨) | 毎分1.29g |
1:0.8・120gのほうが、外から摂った炭水化物をたくさん燃やせていました。
SiSが歴史記事で紹介している「毎分1.5g」とも一致します。
ただし、体内に蓄えた炭水化物(グリコーゲン)の使用量は、どちらもほぼ同じでした。
著者らは「パフォーマンスへの効果は今後の検証が必要」と結論づけています。
「たくさん摂れて、たくさん燃やせる」ことは示されましたが、「その分速くなる」とまではまだ言えない、というのが現状です。
ちなみに、ヌートロピックジェルの製品仕様書を見ると、
マルトデキストリンが29.4%、フルクトースが22.6%でした。比率にすると約1:0.77で、表示どおりの配合です。
ラインナップの使い分け

Beta Fuelは、食べ方の違う4つの形と、運動後用のリカバリーに分かれています。
どれも糖の配合は同じで、違うのは1回分の量と摂りやすさです。
製品 | 1回分の炭水化物 | 向いている場面 |
|---|---|---|
エナジージェル | 40g | 走行中の基本。ポケットから出してすぐ飲める |
エナジージェル ヌートロピックプラス | 40g | レース後半の勝負所。カフェイン200mg入り |
エナジーチュー | 1袋45g(1粒約7g) | 前半やゆったり走る区間。噛んで食べるので「食事感」がある |
Beta Fuel 80(ドリンク) | 80g | ボトルに入れて水分と炭水化物を同時に。レース当日の朝食にも |
Beta リカバリー | 60g+ホエイプロテイン30g | 走り終えた直後。糖の配合は1:1 |
日本のSiS公式サイトでは、味はオレンジ、ストロベリー&ライム、レモン&ライム、無香料があります。
使い分けのコツは、「噛めるうちはチュー、きつくなったらジェル」です。
SiSの補給ガイドでも、100kmレースの例では前半にチュー、後半にジェルを配置しています。
同じ食感が続くと飽きやすいので、組み合わせること自体にも意味があります。

ヌートロピックジェルを読み解く
ラインナップのなかで一番気になるのが、「ヌートロピックプラス」です。
ヌートロピックとは、集中力など頭の働きを支えるとされる成分のこと。
SiSは「身体と精神の両方の力を引き出す」と説明しています。製品仕様書をもとに、中身を見てみましょう。
1本(60ml)に入っているもの
項目 | 1本あたり |
|---|---|
エネルギー | 159kcal |
炭水化物(うち糖類) | 40g(19g) |
カフェイン | 200mg |
L-タウリン | 1,000mg |
シチコリン(Cognizin®) | 250mg |
L-テアニン | 200mg |
食塩相当量 | 0.04g |
主役はカフェインです。カフェインは、運動中のきつさの感じ方を下げる効果がよく知られている成分。
200mgは、ドリップコーヒー約2杯分にあたります。
そこに、タウリン、シチコリン、テアニンが加わっています。
この3つの組み合わせがどれだけ効くかは、メーカーの説明以上のことはわかっていません。
そのほか、仕様書からは次のことも読み取れます。
味は酸っぱいレモンにライムの風味で、後味に苦みあり。さらっとした半液体のジェルです
主要なアレルゲン14品目は不使用。ベジタリアン、ヴィーガンにも対応
ドーピング禁止物質を含まないことを、第三者機関のInformedプログラムで検査済み
使う前に知っておきたい3つの注意点
1. 1日1本まで
仕様書には「1日1本を超えて摂らないこと」と太字で書かれています。
実はSiSのマラソン補給ガイドには、レース中に2本(カフェイン合計400mg)使う例も載っています。
しかし、ここでは製品の表示に従い、1日1本をおすすめします。
コーヒーや他のカフェイン入りジェルと重ねて摂る場合も、合計量に気をつけてください。
子どもや、妊娠中・授乳中の方には推奨されていません。
2. 飲むのは後半
メーカーは、長時間の持久運動の後半に摂るよう推奨しています。
ロングライドなら、疲れが出てくる終盤や、最後の登りの前が使いどころです。
3. 塩分はほぼゼロ
1本あたりの食塩相当量は0.04gしかありません。
暑い日や長時間の運動では、電解質ドリンク(SiSならHYDRO+など)を別に用意しましょう。
練習別の補給プラン
SiSの「Cycling Fuelling Guide」を読むと、意外なことに気づきます。練習の半分以上で、Beta Fuelは使われていないのです。
2時間未満の練習では、マルトデキストリンだけの「GO」シリーズ(GO Isotonic Gelなど、1本22g)を勧めています。
練習 | 強度・時間 | 走行中の炭水化物 | 主な製品 |
|---|---|---|---|
リカバリー走 | FTP30〜55%、1〜1.5時間 | 不要(水と電解質のみ) | HYDRO+ |
テンポ走(ゾーン2) | FTP75〜85%、1.5〜2時間 | 60g/h | GO Isotonic Gel |
VO₂max・無酸素インターバル | FTP106%以上、約1時間 | 60g/h | GO Isotonic Gel、GOカフェインジェル |
閾値走 | FTP90〜105%、約2時間 | 80g/h | Beta Fuelジェル |
持久走(ロング) | FTP56〜75%、3〜4時間 | 85g/h | Beta Fuelジェルとチュー |
※ SiS「Cycling Fuelling Guide」より。体重80kgの例
線引きは、「2時間以上か、FTP付近の高強度を長く続けるならBeta Fuel」です。
1時間に60gまでなら、1種類の糖でも吸収が追いつくからです。
ロング走は「レースのリハーサル」
ガイドが特に強調しているのが、3〜4時間のロング走です。
ウェアや機材、前の日の食事、走行中の補給まで、レース当日と同じことを試す日として位置づけています。
ガイドの例では、30分ごとに次のように摂ります。
スタート直後:チュー(45g)
30分:ジェル(40g)
60分:チュー(45g)
90分:ヌートロピックジェル(40g)
120〜180分:30分ごとにジェル(40g)
それぞれに水250mlを合わせるのが基本です。いきなりこの量を摂るとお腹を壊すことがあるので、
最初は1時間60gから始め、ロングのたびに少しずつ増やしていきましょう。
レース別の補給プラン
レースでも考え方は同じです。短いレースは走行中の補給を絞り、長いレースほどBeta Fuelの出番が増えます。
レース | 時間 | 走行中の炭水化物 | 補給のポイント |
|---|---|---|---|
タイムトライアル(16km) | 20〜35分 | 不要 | スタート45分前にBeta FuelチューとHYDRO+。カフェイン200mgもこのタイミングで |
クリテリウム | 約60分 | 60g/h | GOジェルを中心に。序盤にカフェイン入りを摂り、ゴールスプリントに効き目を合わせる |
50km | 約2時間 | 85〜90g/h | 25分ごとにチュー2回→ジェル2回 |
100km | 3〜4時間 | 85〜90g/h | 30分ごとに前半はチュー4回、後半はジェル4回 |
160km | 5〜6時間 | 80〜90g/h | チュー、ジェル、Beta Fuel 80ドリンク、固形のGO Energy Bakeを組み合わせる |
※ SiS「Cycling Fuelling Guide」より。体重80kgの例
100kmイベントの補給タイムライン
日本のロングライドイベントでもよくある、100km前後のコースを想定した例です。
SiSのガイドにあるプランを表にしました。ヌートロピックジェルは後半に1本だけです。
時間 | 摂るもの | 炭水化物 |
|---|---|---|
0分 | チュー+水250ml | 45g |
30分 | チュー+水250ml | 45g |
60分 | チュー+水250ml | 45g |
90分 | チュー+水250ml | 45g |
120分 | ヌートロピックジェル+水250ml | 40g |
150分 | ジェル+水250ml | 40g |
180分 | ジェル+水250ml | 40g |
210分 | ジェル+水250ml | 40g |
ゴール30分後 | Beta リカバリー | 60g+たんぱく質30g |

合計すると、チュー4袋とジェル4本です。ジャージの背中のポケットに収まる量なので、補給所に頼らず自分のペースで摂れます。
水分は1時間に約500mlが目安です。暑い日は、ボトルの1本を電解質ドリンクにしておくと安心です。
前日と当日の朝食
走行中の補給と同じくらい大事なのが、スタート前に「タンクを満タンにする」ことです。
体に蓄えられる炭水化物は約500gしかなく、長いレースでは600〜1,000gを使い切るとSiSは説明しています。
前日のカーボローディング
レース | 1日の炭水化物 | 期間 |
|---|---|---|
クリテリウム(約1時間) | 体重1kgあたり6〜8g | 前日1日 |
ロングイベント・エンデュランスレース(3〜6時間) | 体重1kgあたり10〜12g | 2日前から |
体重65kgの人が10g/kgを目指すと、1日650gになります。ご飯だけなら約1.8kg分で、普通の食事では食べきれません。
SiSは食物繊維の少ない食品を選び、一部をドリンクや補給食で摂るよう勧めています。
ガイドの例でも、昼食にBeta Fuel 80ドリンク、間食にチューを加えています。
日本の食品なら、白ご飯、うどん、もち、カステラ、バナナ、果汁100%のジュースなどが使いやすいでしょう。
玄米や野菜、豆類など食物繊維の多い食品は、この日だけ控えめにします。
当日の朝食は3時間前に
レース当日は、スタートの2.5〜3時間前に、体重1kgあたり2〜3gの炭水化物を摂ります。
寝ている間に肝臓の炭水化物(グリコーゲン)が約半分に減るため、それを補うのが狙いです。
SiSは、肝臓に蓄えやすいフルクトースを含む食品やBeta Fuelドリンクを朝食に入れるよう勧めています。
体重65kgの人が3g/kg(約195g)を摂る場合の例です。
食品 | 炭水化物の目安 |
|---|---|
白ご飯300g | 約110g |
切りもち2個 | 約50g |
バナナ1本 | 約20g |
オレンジジュース200ml | 約20g |
合計 | 約200g |
数値は一般的な食品の目安です。ここでよくある失敗が、食べ過ぎと、スタート直前の食事です。
お腹が重いまま走り出すと、胃腸のトラブルにつながります。
「胃は軽く、筋肉と肝臓は満タン」が理想のスタートです。初めての量や食品は、必ず練習の日に試しておきましょう。
市民ライダーへの判定とまとめ
Beta Fuelは、グランツールの勝負を分けるために生まれた補給食です。
その分、向いている場面とそうでない場面がはっきりしています。
◎ ロングライド・ロングイベントには強い味方:3時間を超える走行で1時間80〜90gを摂るなら、ジェル40gとチュー45gの組み合わせは実用的です。ポケットに入れる本数も少なくて済みます
△ 2時間未満の練習にはオーバースペック:SiS自身も、この長さの練習ではGOシリーズを勧めています。価格面でも、普段の練習は他の補給食で十分です
△ ヌートロピックジェルは「ここぞ」の1本に:1日1本まで。レース終盤の勝負所で使うのがおすすめです
そして何より大切なのは、本番の前に練習で試すことです。フルームの80km独走も、
前哨戦や合宿で試した補給があってこそでした。まずは次のロングライドで、1時間60gから始めてみてください。



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